うつ病と向き合う—Bさんの回復の物語【後編】

 

うつ病と向き合う—Bさんの回復の物語【後編】



閉ざされた世界に開く窓

数回目のセッションの後・・・

Yさん:「Bさん、最近、何か少しでも『やってみようかな』と感じたことはありましたか? 例えば、以前好きだったことでも、ほんの小さなことでも構いません。」

Bさんは少し考え込んだ。

Bさん:「そうですね…。最近は何も思い浮かばないです。写真も、もう何ヶ月も触れていませんし…。」

Yさん:「写真、お好きでしたよね。もし、少しでも興味があれば、小さなことから再開してみるのはどうでしょう? 例えば、本格的なカメラではなく、スマホで窓の外の景色を撮ってみるとか。」

Bさん:「でも…そんな気力があるかどうか…」

Yさん:「無理に始める必要はありません。ただ、『もしできるなら』という気持ちで、少しだけ考えてみてください。」


重い腰を上げた夜:『完璧でなくてもいい』という気づき

 Bさんは自室の窓辺に立ち、久しぶりにスマホのカメラを構えた。外はもう真っ暗で、街灯だけがぼんやりと光っている。以前なら、もっと良い機材を使って、もっと美しい構図を考えていたはずだ。今はただ、惰性のようにシャッターを切った。


 しかし、その瞬間、ほんのわずかだが、Bさんの心に変化が訪れた。


(Bさんの心の中:『試しに撮ってみるか…』


 そう思ったこと自体が、ここ数ヶ月にはなかった衝動だった。撮れた写真を確認すると、ノイズが多く、とても満足できるものではない。だが、Yさんの「無理に始める必要はありません」「小さなことから」という言葉が頭をよぎり、「完璧でなくてもいい」という新しい感覚が芽生えた。かつてのような完璧を目指す気持ちではなく、ただ「撮った」という事実が、ほんの少しの達成感になった。


暗闇の中の微かな光

 それは小さな一歩だった。まだ、かつてのような情熱は戻ってこないかもしれない。でも、今この瞬間、Bさんは何かをした。それが大切なことだった。シャッターを押した瞬間、ほんの少しだけ、自分の中で何かが変わった気がした。それは、何ヶ月も暗闇の中にいたBさんにとって、まるで微かな光が差し込んだような感覚だった。

 
一枚の写真が拓く未来

 翌日、カウンセリングのセッションで昨夜の出来事をYさんに話した。

Bさん:「昨日、スマホで夜景を撮ってみたんです」


Bさんがそう告げると、Yさんは目を輝かせて言った。

Yさん:「そうなんですね!どうでしたか?」


Bさん:「…悪くなかったです。ノイズだらけでしたけど、久しぶりに撮ると、少し懐かしい感じがしました」


 Bさんは、写真の出来栄えではなく、「懐かしい感じ」がしたことに驚いていた。あんなにも嫌いになっていた自分の趣味に、まだこんな感情が残っていたことに、ほんの少しの安堵と希望を覚えたのだ。Yさんは優しくうなずきながら微笑む。


Yさん:「とても素敵ですね。ノイズがあっても、Bさんがその瞬間に何かを感じたことが大切です。その『懐かしい』という感情は、Bさんの心が少しずつ動き始めている証拠かもしれませんね。」

 

Bさん:「そうかもしれません」


 Bさんは、自分の感情に意識を向けること自体が久しぶりだった。以前のように友人たちと写真展を見に行ったり、休日に遠出して雄大な景色を追い求める気力はまだなかった。でも、ほんのわずかだけ、心の中に光が差し込んでいるような気がしていた。

 

日常のささやかな変化:『今できること』への焦点

 その日から、Bさんは毎日、少しずつスマホで写真を撮るようになった。朝食のパン、デスクの上の小さな観葉植物、通勤途中で見かける猫。どれも特別な写真ではない。けれど、一つ一つシャッターを切るたびに、Bさんの心は少しずつ、確かに変化していった。以前は「完璧な写真を撮らなければ」というプレッシャーに縛られていたが、今は「ただ撮る」という行為そのものに喜びを感じるようになっていた。


回復への確かな一歩

 ある日、Bさんはふと、職場の帰り道にカメラ店の前を通った。以前なら足早に通り過ぎていたのに、ショーウィンドウに飾られたカメラを眺めている自分がいた。かつての情熱が戻ってきたわけではない。だが、そのレンズの奥に、かつての自分が夢中になっていた世界が、ほんの少しだけ顔を覗かせているような気がした。それは、過去の自分への肯定と、未来への小さな可能性を感じさせる瞬間だった。


 Bさんは思う。あの日の夜に撮った一枚の写真は、回復への小さな第一歩だった。そして、おそらく、その小さな一歩が、未来を少しずつ変えていくきっかけになったのだと思う。

この物語が、誰かの心に希望を届けられることを願っています。


 Bさんの体験から得られる心理学的な分析や、心の不調に悩む方への具体的なアドバイスについては、「編集後記:希望の光を信じて」で詳しく解説しています。ぜひ、そちらも合わせてご覧ください。



【注記】この物語はフィクションであり、登場人物や団体名は架空のものです。特定の個人や出来事を描写したものではありません。うつ病の症状や回復の過程には様々な過程がありますが、本作は一般的な理解に基づき描写しています。


監修:Nカウンセリングオフィス


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