結婚20年目の専業主婦Pさんとカウンセリング 【 前編】

 

沈黙の午後と募る不安      


「あーあ、今日も一日が終わる。はぁ……

 Pさんは、淹れたてのコーヒーを一口飲み、ソファに深く沈み込んだ。時計の針は午後3時を指している。高校生の長男と中学生の長女が部活動で帰りが遅くなる最近、Pさんの午後は少しだけ静かになった。静けさは、時にPさんの心にぽっかりと穴を開ける。

 

過去の輝きと現在の影

 昔のPさんは、もっとはつらつとしていた。高校時代、PさんはESSEnglish Speaking Society)部に所属し、仲間と英語劇の台本を書き、文化祭で主役を演じたこともある。親しい友人との間では活発で、おっちょこちょいな一面も見せる。でも、本当は恥ずかしがり屋で、自分の主張はしっかり持っているものの、人前ではなかなか言えないタイプだった。困っている人がいると放っておけない性格で、いつも誰かの手助けをしていた。そんな「お節介」が、時には空回りして、後で一人で反省することもしばしば。それでも、人から感謝されると、心底嬉しかった。


 卒業後はフリーターとしてアルバイトを転々とし、20歳で8歳年上の彼と電撃結婚。そこからは、あっという間の20年だった。幼い子どもたちの世話に追われ、日々は嵐のように過ぎ去った。朝から晩まで家族のために動き回り、自分のことは後回し。気づけば、自分の名前すら呼ばれなくなり、「お母さん」と呼ばれる毎日。それでも、子どもたちの成長がPさんの喜びだった。

 しかし、最近は子どもたちが成長し、自分の時間が少しずつ増えてきた。すると、ふと立ち止まってしまう瞬間が増えた。「私って、これでいいのかな?」「何のために生きているんだろう?」といった漠然とした不安が、Pさんの心に影を落とし始めたのだ。特に、夫から「昔はもっと明るかったのに、最近元気ないね」と言われるたびに、胸が締め付けられるような気持ちになる。夫に悪気がないのはわかる。でも、その言葉が、Pさんの心に深く根付いていた自己肯定感の低さを、改めて突きつけてくるようだった。

 

オンラインカウンセリングとの出会い

 ある日、Pさんは友人とのランチで、何気なく自分の悩みを打ち明けた。 P「なんかね、最近、自分がちっぽけな存在に思えちゃって…… P「何をやっても自信が持てなくて、私ってダメだなぁって」 友人はPさんの話を真剣に聞いてくれた。 友人「Pさん、もしかして自己肯定感が下がってるんじゃない?」 友人「私もね、ちょっと前に悩んでた時期があって、オンラインカウンセリング受けたんだ。すごく楽になったよ」 友人の言葉に、Pさんの心はざわめいた。オンラインカウンセリング。そんな方法があるのか。


 家に戻り、Pさんは友人が教えてくれたNカウンセリングオフィスのホームページを開いた。優しい色合いのサイトデザイン、そして「心が軽くなるお手伝いをします」という言葉が目に飛び込んできた。カウンセラー紹介のページには、Yさんという男性カウンセラーの写真があった。40代くらいの黒髪短髪、痩せ型で長身。穏やかそうな笑顔で、少しばかり安心感を覚える。料金や予約方法を読み進めるうちに、Pさんの心に小さな光が灯るのを感じた。


P「でも、私みたいな悩みが、カウンセリングで解決するのかな?」


 不安と期待が入り混じる。それでも、このまま漠然とした悩みを抱え続けるのはもう嫌だ。Pさんは意を決して、予約フォームに指を滑らせた。入力しながら、胸の奥でずっと閉じ込めてきた感情が、少しずつ溢れ出すような感覚に襲われた。

 

初めての対話、溢れ出す感情

予約日当日。

 Pさんは、少し緊張しながらパソコンの前に座った。画面越しに、Yさんがにこやかに挨拶をする。 Y「初めまして、NカウンセリングオフィスのYです。Pさん、今日はどうぞよろしくお願いいたします」 その声は、想像していたよりもずっと優しく、Pさんの緊張を少しだけ和らげた。


YPさん、今日はどのようなことでお悩みでしょうか?」


 Yさんの問いかけに、Pさんは言葉に詰まった。何から話せばいいのか、うまく説明できるだろうか。そんな不安が頭をよぎる。


P「あの、私、昔はもっと色々なことに興味があって、活発だったんです。でも、結婚して子育てに追われるうちに、いつの間にか自分のことがわからなくなってしまって……


 Pさんは、ゆっくりと、そしてたどたどしく話し始めた。Yさんは、ただ静かに、Pさんの言葉に耳を傾けている。その眼差しは、Pさんの言葉の奥にある、言えない感情までをも見透かしているようだった。


P「子育てが一段落して、自分の時間ができたのは嬉しいはずなのに、なぜか虚しくて。何をやっても自信が持てなくて、自分が価値のない人間のように思えてしまうんです」


 Pさんの声は、震えていた。自分でも気づかないうちに、ずっと心に蓋をしてきた感情が、少しずつ表に出てきているようだった。


YPさんは、昔、ESS部に所属されていて、英語劇の主役を演じられたり、周りの方を手助けされたり、とても行動力優しさをお持ちの方だったのですね。そして、困っている方を放っておけないお節介な一面も、Pさんの魅力の一つだったのではないでしょうか」


 Yさんの言葉に、Pさんははっとした。自分の良いところなんて、もう何年も考えてこなかった。Yさんは、Pさんの過去の出来事から、Pさんがどんな人柄だったのかを丁寧に拾い上げてくれていた。


Y「でも、その活発さや優しさ、子育ての中で影を潜めてしまったように感じていらっしゃるのですね」


Pさんは、大きく頷いた。Yさんの言葉が、Pさんの心にすとんと落ちてくる。


P「私、昔は自分の意見も持っていたはずなのに、今は人に合わせることが多くて。喜怒哀楽も、昔はもっとはっきりしていたのに、最近はあまり出せなくなってしまいました」


 Pさんは、ぽつりぽつりと言葉を紡ぐ。Yさんは、その言葉の裏にあるPさんの感情に、そっと寄り添うように問いかけた。


YPさん、それは、ご自身の感情に蓋をしてしまっている状態かもしれませんね。誰かのために頑張ることは素晴らしいことですが、ご自身の感情を抑えすぎると、本来のPさんらしさが失われていってしまうこともあります」


 Yさんの言葉に、Pさんの目から涙がこぼれた。まるで、これまで自分でも気づかないうちに抑え込んできた感情が、一気に溢れ出したかのようだった。


YPさん、今日はお話しいただき、本当にありがとうございます。次回は、Pさんがご自身の感情と向き合い、本来のPさんらしさを取り戻すために、どのようなことができるのか、一緒に考えていきましょう」


 Yさんの優しい声に、Pさんは深く頷いた。胸の奥に、少しだけ、温かい光が灯った気がした。

Pさんの心に灯った小さな光は、消えてしまうのだろうか?それとも、新たな自分を見つけるための道しるべとなるのか?後編に続く

 本ショートストーリーはフィクションであり、登場する人物、団体、場所などはすべて架空のものです。実在の人物や団体、出来事とは一切関係ありません。


【監修:Nカウンセリングオフィス

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