「私」を取り戻すまで:双極性障害と向き合うKさんの休職から再起への物語【後編】

 

 前編では、輝かしいキャリアの裏で双極性障害に苦しむKさんが、親友との関係も断ち切り、孤独な闘いを続けている様子を描きました。しかし、彼の心には、現状を変えたいという切実な願いがありました。そんなKさんが、ついにオンラインカウンセリングの扉を開きます。 


カウンセラーとの出会い:理解と共感の中で


 「Nカウンセリングオフィス」のバーチャルな扉を開いたKさんの画面に最初に現れたのは、男性カウンセラー、Yさんだった。Yさんは穏やかな声でKさんを迎え入れ、Kさんは今回カウンセリングを申し込んだ経緯から話はじめ、次第に自分のこと、そして双極性障害のこと、日々の不安を打ち明けていった。

 

Yさん:「Kさんは、とても努力家で、周りの人を大切にする方なのですね。学生時代のラグビーのお話、とてもワクワクしましたよ!」

 

 Yさんは、Kさんの話に熱心に耳を傾け、時折ユーモアを交えながら、Kさんの良いところを言葉にして伝えてくれた。Kさんは、自分がこれまで、病気のネガティブな側面ばかりを見て、自分の良いところに目を向けてこなかったことに気がづいた。Yさんとの言葉のやりとりは、Kさんの凍り付いた心を少しずつ溶かしていくようだった。

 

ある日、服薬についての会話になった。


Yさん:「お薬を飲むことに抵抗はありませんか?」

 

Kさん:「はい。薬を飲むと、『自分は病気なんだ』と改めて思い知らされる気がして……それに、時々副作用で眠気を感じることもあります」

 

Yさんは深く頷きを見せた。Yさん:「そう感じられるのですね。そのお気持ち、よくわかります。Kさんにとって、その薬はどのような存在ですか?」


Kさんは少し考え込んだ。

Kさん:「うーん、なんだろう……敵、とまでは言わないけれど、僕を縛り付けるものというか……でも、飲まないとまたしんどくなるのは分かっているし……」


Yさんは穏やかに言葉を続けた。

Yさん:「『縛り付けるもの』と感じる一方で、『飲まないとまたしんどくなる』。そう考えると、Kさんにとって、薬はどのような役割を果たしていると言えそうですか?」


Kさんはしばらく考えた。

Kさん:「………役割……そうか、僕がしんどくならないように、支えてくれている、みたいな……?」


Yさんは微笑んだ。

Yさん:「そうですね。Kさんを支える存在。それは、Kさんにとって、どんな意味を持つでしょうか?」


Kさんは、ゆっくりと頷いた。

Kさん:「なんだか、味方、とまでは言えないけど、僕を助けてくれる、大切なサポーター、って感じかもしれない……」


Yさんと話す中で、Kさんは薬に対する自身の複雑な感情を整理し、ネガティブなイメージだけでなく、自分を支える「サポーター」という肯定的な側面にも目を向けることができた。


最も恐れていた「人間関係」への向き合い

 カウンセリングが進むにつれて、Kさんはストレスとの付き合い方も学んでいった。体調の変化に対する早期発見のサイン、リラックスするための方法、誰に相談すれば良いか……Yさんとの会話を通して、Kさんは自分を守るための術を徐々に身につけていった。

 

 そして、カウンセリングではKさんの抱える人間関係の悩み、特に親友Tとの関係について深く掘り下げていくことになった。

 

Yさん:「Kさんは、Tさんに自分の病気のことを話すのが怖い、と感じているのですね?」

 

Kさんは言葉に詰まった。Yさんの言葉は、Kさんの心の奥底に封じ込めていた感情を揺さぶった。

 

Kさん:「はい…。もし、彼に知られたら、失望されるんじゃないかって。俺が病気だって知ったら、もう昔みたいには接してくれないんじゃないかって…」

 Kさんの目に涙が滲んだ。Tは、Kさんの人生において最も深く関わってきた人物だった。彼の前では、常に強く、完璧な自分でいなければならない、というプレッシャーがKさんをがんじがらめにしていた。

 

Yさん:「Kさん、大切なご友人だからこそ、心配されたくない、という気持ち、よく分かります。でも、Kさんが彼を信頼しているのと同じくらい、彼もKさんを信頼しているのではないでしょうか?本当の友情とは、弱い部分も受け入れ合うことだと私は思いますよ」

 

 それはどこかで初めからわかっていたことかもしれないが、この時のYさんからの言葉はKさんの心を深く揺さぶった。そして、YさんはKさんに一つの提案をした。

 

Yさん:「もしよろしければ、次のカウンセリングまでに、Tさんに手紙を書いてみませんか?直接会って話すのが難しければ、手紙に今の気持ちを綴るだけでも、Kさんの心に変化が訪れるかもしれません」

 

 Kさんは迷った。それでも、Yさんの言葉の重みが、Kさんの背中を押した。

 

親友との再会、そして涙の和解

 数日後、Kさんは震える手でTに手紙を書いた。これまでのこと、病気のこと、そしてTを避けていた理由。全てを正直に綴った。手紙を投函する時、Kさんの胸は激しく高鳴っていた。

 

 その週末、KさんのもとにTから電話があった。Kさんは覚悟を決めて電話に出た。

 

Tさん:「K、手紙、読んだよ」

 

 Tの声は、いつもと変わらない、優しい声だった。Kさんの目から、堰を切ったように涙が溢れ出した。

 

Kさん:「T、ごめん…俺…」

 

Tさん:「何を謝ることがあるんだよ。俺はただ、お前が元気でいてくれればそれでいい。今まで何も言わなかったこと、責めるつもりはない。俺もお前のこと、もっと理解してやれればよかった」

 

 Tの温かい言葉に、Kさんは嗚咽した。そして、数日後、二人は久しぶりに会った。カフェで向かい合い、Kさんは自分の口で、改めてTに病気のことを話した。Tは静かに耳を傾け、真っすぐにKさんの目を見て言った。

 

Tさん:「お前は一人じゃない。これからは、俺も一緒に支える。だから、もう抱え込むな」

 

Tの言葉は、Kさんにとって何よりも心強い薬となった。長年Kさんの心を縛り付けていた鎖が、解き放たれるのを感じた。

 

新たな自分との再出発:真の強さへ

 ある日、仕事で大きなミスをしてしまい、深刻な落ち込みに襲われたKさん。以前のKさんなら、そのまま塞ぎ込んで、1週間何も手につかない、ということもあり得た。しかし、この日のKさんは違った。


不安を感じ始めた早期段階で、Yさんとの予約を取り、セラピーを受けたのだ。画面越しに、涙ながらにミスをした状況と自分の感情を話すKさんに、Yさんは冷静に耳を傾け、優しい言葉でKさんの気持ちを受け止めた。


Yさん:「今、Kさんはどんなお気持ちで、その出来事を受け止めていますか?」とYさんが静かに尋ねた。


Kさんは言葉を詰まらせながらも答えた。

Kさん:「情けないです。また同じことの繰り返しになるんじゃないか、ってすごく怖くて……でも、このままじゃダメだとも思ってます……」


Yさんは頷いた。

Yさん:「『情けない』と感じ、そして『怖い』と感じているのですね。その中で、『このままじゃダメだ』と思えるKさんの強さは、どこから来ているのでしょうか?」


Kさんは考え込んだ。

涙で滲んだ視界の奥に、以前、Yさんが自分の良いところを言葉にしてくれた時の記憶がよみがえる。そして、何よりも、この数ヶ月、オンラインカウンセリングを続け、自分と向き合ってきた時間がKさんの背中を押していた。


Kさん:「……諦めたくない、から、かもしれません。また、あの明るい自分に戻りたいって、そう思っているから……だから、上司にもちゃんと話そうと思います」


Yさんは微笑んだ。

Yさん:「Kさんご自身が、その答えを見つけられたのですね。上司の方に、どのように伝えていきたいですか?」


 セラピーの後、Kさんは上司に正直にミスを報告し、謝罪した。驚いたことに、上司はKさんの状況を理解し、Kさんが解決のためにとった行動(オンラインカウンセリングを受け、自分から報告に来たこと)を評価し、追加の対応を指示してくれたのだ。


 この出来事を境に、Kさんは以前にも増して活き活きと仕事に取り組んでいた。もちろん、ストレスを感じることは相変わらずあるけれど、以前のように極端に落ち込んだり、無気力になってしまうことはなくなった。早期発見のサインに気づき、一人で抱え込まずにYさんに相談したり、時にはTに弱音を吐くこともできるようになったのだ。

 

 オンラインカウンセリングを通して、Kさんは双極性障害と向き合いながら、自分らしい生き方を取り戻した。そして、最も大切だった親友との絆も取り戻した。画面の向こうのYさんの笑顔が、そして、親友Tの存在が、いつもKさんの背中を優しく押してくれている。

 

 Kさんは、今日もまた、明るい笑顔で顧客を迎えるのだった。彼の顔には、以前にはなかった、本物の安堵と自信が漲っていた。これは、一人の男が弱さを乗り越え、真の強さを手に入れた物語である。

 

 Kさんの物語はいかがでしたでしょうか?彼の心の旅路は、私たち自身の心のあり方や、人間関係の重要性について深く考えさせるものだったかもしれません。Kさんが経験した心の変化、そして人間関係の再構築の裏には、どのような心理が働いていたのでしょうか?編集後記では、彼の物語から、私たちが日々の生活で実践できるヒントや、心の健康を保つための具体的なアドバイスを探ります。


※本ショートストーリーはフィクションであり、登場する人物、団体、場所などはすべて架空のものです。実在の人物や団体、出来事とは一切関係ありません。

【監修:Nカウンセリングオフィス

 



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