社会人1年生Mさんの恋と成長【後編】
第2話:緊迫の夜と助けを求める一歩
Nカウンセリングオフィスのサイトで、MさんはカウンセラーであるYさんのプロフィールを読んだ。彼が掲げる「心のモヤモヤを解きほぐす」という言葉に、Mさんの心は強く惹かれた。彼の専門分野には「恋愛関係の悩み」「自己肯定感の向上」と書かれている。まるで今の自分にぴったりだ、とMさんは直感した。
カウンセリングの予約を入れた翌日のことだった。MさんはSに、久々に夕食に誘うメッセージを送った。Sからは「ごめん、今日も遅くなりそう」と返信があった。Mさんは「わかった」とだけ返したが、心の奥底では、もう限界だと感じていた。
感情の決壊、そして最悪の喧嘩
その夜、MさんはSに電話をかけた。何度かコールが続いた後、Sがようやく電話に出た。
S「もしもし、どうした?」
Sの声は疲れていて、どこか苛立っているように聞こえた。
M「どうしたって…最近、全然会えないし、連絡も遅いし…S、本当に忙しいの?」
Mさんの声は震えていた。
S「だから、忙しいって言ってるだろ?Mもわかってるはずだろ」
Sの口調が少し強くなった。
M「でも…もしかして、私以外に誰かいるんじゃないの…?」
Mさんの口から、ずっと心に引っかかっていた言葉がこぼれた。
途端に、電話の向こうの空気が凍りついたように感じた。
S「…は?何言ってんだよ、M。俺が浮気するわけないだろ!」
Sの声が一段と大きくなった。
M「だって、そう思っても仕方ないじゃない!最近のS、全然私に構ってくれないし、冷たいし…!」
Mさんの感情が爆発した。声が裏返り、涙が込み上げてくる。
S「俺だって、好きで残業してるわけじゃない!Mの気持ちもわかるけど、俺のことだって少しは考えてくれよ!」
Sも声を荒げた。
お互いに感情的になり、言葉のキャッチボールは完全に崩壊した。
M「もういい!Sなんか知らない!」
Mさんは一方的に電話を切った。受話器を置いた手が震えていた。
その夜、Mさんは一睡もできなかった。Sにひどいことを言ってしまったという後悔と、Sが本当に浮気をしているのではないかという不安がMさんの心をぐちゃぐちゃにした。このままでは、Sとの関係が終わってしまうかもしれない。どうすればいいのか、もうMさんには分からなかった。
カウンセリングで得た気づき
翌日、憔悴しきったMさんは、予約していたオンラインカウンセリングの時間になった。PCの前に座り、重い気持ちでビデオ通話を開始した。画面の向こうには、穏やかな笑顔のYさんがいた。
Y「Mさん、初めまして。NカウンセリングオフィスのYです。今日はどんなことをお話しされますか?」
Yさんの落ち着いた声を聞いた瞬間、Mさんの目から大粒の涙が溢れ出した。昨日Sと喧嘩したこと、もう関係が修復できないかもしれないという絶望感を、Mさんは堰を切ったようにYさんに話し始めた。Yさんは、Mさんの話を遮ることなく、ただ静かに耳を傾けてくれた。時折、頷いたり、「それは辛かったですね」と相槌を打ったりするYさんの存在が、Mさんには心強かった。
心の解放と未来への一歩
Mさんがひとしきり話し終えると、Yさんはゆっくりと口を開いた。
Y「Mさん、昨日の喧嘩、とてもお辛かったでしょうね。でも、Mさんが感情を爆発させてしまったのも、Sさんとの関係をとても大切に思っているからこそだと感じました。そして、Sさんもまた、Mさんのことを大切に思っているからこそ、つい感情的になってしまったのかもしれません」
Yさんの言葉に、Mさんはハッとした。Sの苛立ちの裏に、疲労だけでなく、自分と同じような不安があったのかもしれないと初めて考えた。
Y「Mさん、恋愛関係において、相手に不満や不安を感じた時に、感情的にぶつかってしまうことは、決して珍しいことではありません。それは、それだけ相手との関係を真剣に考えている証拠でもあります。ただ、その感情のぶつかり合いが、関係をより良い方向に進めるためには、少し工夫が必要なんです」
Yさんはそう言って、MさんがSに感じている「寂しさ」や「不安」が、Mさんの「愛着欲求」から来ていることを説明してくれた。
Y「Mさんは、Sさんと密な関係を築き、安心感を得たいという気持ちが強いのですね。これは、人間が本来持っている自然な欲求です。しかし、Sさんは今、仕事という別の重要な課題に直面していて、Mさんの欲求に応えきれない状況にあるのかもしれません」
M「じゃあ、どうしたらいいんですか…もう、Sとは無理なのかな…」
Mさんの声は再び弱々しくなった。
Yさんは優しく語りかけた。
Y「Mさん、諦める必要はありません。大切なのは、お互いの状況と気持ちを理解し、建設的なコミュニケーションを取ることです。まず、MさんがSさんに疑念を抱いてしまったことについてですが、それを直接伝えるのではなく、『I(アイ)メッセージ』で、Mさんの正直な気持ちを伝えることから始めてみませんか?」
M「Iメッセージ…?」
Y「はい。『あなたはこうだ』と相手を責めるのではなく、『私はこう感じている』と自分の気持ちを伝える方法です。例えば、Sさんに電話を切ってしまったことへの謝罪と共に、『最近Sが忙しそうで、私は寂しい気持ちになってしまって、ついカッとなってしまった』と伝えてみるのはどうでしょうか。そして、『Sの仕事が大変なのは分かっているけれど、もう少しだけ、私と話す時間を作ってもらえたら嬉しいな』と、具体的に要望を伝えてみましょう」
Yさんの具体的なアドバイスに、Mさんはゴクリと唾を飲んだ。喧嘩の後、Sにどう謝ればいいのか、何を伝えればいいのか分からず、ただ絶望していたMさんにとって、それは一筋の光のように思えた。
Y「あとは、Mさん自身が、Sさん以外にも安心できる居場所や、楽しめることを見つけることも大切です。例えば、友人との時間をもっと増やしたり、趣味に没頭したり。そうすることで、Sさんへの依存度が下がり、Mさんの心にも余裕が生まれます。それは、結果的にSさんとの関係にも良い影響を与えるんですよ」
MさんはYさんの話を聞いているうちに、心の中にあったモヤモヤが、少しずつ晴れていくのを感じた。そして、これまでの自分の行動や感情を客観的に見つめ直すことができるようになった。
M「Y先生…なんだか、少し気持ちが楽になりました…私、Sに、もう一度だけ、ちゃんと言葉で伝えてみます…!」
Y「それは素晴らしいことです。Mさんは、Sさんを大切にしたいという強い気持ちを持っています。その気持ちを、より良い形でSさんに伝えられるよう、私もサポートさせていただきます」
カウンセリング後、MさんはYさんのアドバイスを胸に、Sに長文のメッセージを送った。喧嘩したことを謝罪し、寂しさや不安を感じていること、そしてSの忙しさを理解していること、それでも少しだけ時間を作ってほしいというMさんの素直な気持ちを綴った。
数時間後、Sから電話がかかってきた。
S「M、ごめん…俺も疲れてて、つい言いすぎた。お前の気持ち、ちゃんと聞かなくて悪かった」
Sの言葉に、Mさんは涙が止まらなかった。MさんもSに謝り、お互いの気持ちを素直に伝え合った。Sは近いうちに、Mとゆっくり話す時間を作ると言ってくれた。
もちろん、一度のカウンセリングと話し合いですべてが解決するわけではない。しかし、Mさんはオンラインカウンセリングを通じて、自分の心の状態を理解し、彼氏との関係をより良いものにするためのヒントを知った。そして何より、一人で抱え込まずに誰かに相談することの大切さを実感した。
M「私、もっと強くなる!そして、また悩んだらY先生に相談しよう!」
PCを閉じたMさんの顔には、穏やかな笑顔が浮かんでいた。それは、彼氏との関係だけでなく、自分自身とも向き合い、成長していくMさんの新たな一歩だった。
このMさんの経験は、私たち自身の恋愛や人間関係にも通じる、大切な心の動きを示しています。それでは、編集後記として、Mさんの物語から読み取れる心理学的な洞察と、日々の関係に活かせるヒントについて深掘りしていきましょう。
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