バーンアウトからの再生—Fさんの物語【後編】

画面越しの温かい対話

　約束の時間、自宅のデスクでノートパソコンを開くと、画面にはカウンセラーのY先生が映りました。穏やかな表情と落ち着いた声に、Fさんの緊張が少し和らぎます。

 

Y先生: 「こんにちは、Fさん。今日はお時間を取ってくださってありがとうございます。まずは今、どんなお気持ちか、率直に話してみてください。」

Fさん: 「…正直、何を話せばいいのか、よく分かりません。ただ、ずっと疲れている気がして、何をしても楽しくなくて。仕事は続けていますが、ただこなしているだけで…。」

Y先生: 「お仕事がとても大変なんですね。毎日、どんな風に過ごしているのか、少し教えていただけますか？」

Fさん: 「朝起きて、すぐにメールを確認して、会社に行って…。気づけば夜になって、帰ってきたらただスマホを眺めて…。こんな生活をもう何年も続けています。でも最近は、何かがおかしい気がして。」

Y先生: 「それは、すごく大事な気づきですね。今まで頑張ってこられたことが、少しずつ負担になってきたのかもしれませんね。」

 

　話を聞いてもらえることが、これほど安心できるものなのかとFさんは驚きました。対面ではなくても、画面越しのY先生の温かいまなざしが、彼の心にじわじわと染み込んできます。Fさんは、ユリとの関係についても正直に打ち明けました。

Fさん：「最近、彼女に優しくできないんです。前はあんなに大切に思っていたのに、今は会うのも億劫で…このままでは、彼女を失ってしまいそうです。」Y先生は黙ってFさんの話を聞き、静かに頷きました。

Y先生：「大切な人を失うかもしれないという気持ちは、とても辛いですね。Fさんは、それだけ仕事で追い詰められているということだと思いますよ。」

　Fさんにとってのカウンセリングは、ある意味、内容的には何気ない会話をしただけとも言えました。しかし、Fさんは不思議と心地よい時間を過ごすことができたため、しばらくカウンセリングを継続してみることにしました。

 

 凝り固まった心の解放

　数回のセッションを重ねるうちに、Fさんは「完璧でなければならない」「休んではいけない」といった無意識の思い込みが、自分を苦しめていたことに気づくようになりました。Y先生との対話の中で、自分の気持ちに素直になることの重要性も学びました。

 

ある日のカウンセリング終盤、Y先生はFさんに問いかけます。

 

Y先生: 「Fさん、少しずつ変化が見えてきましたね。ところで、最近ご自身を労わる時間は取れていますか？」

Fさん: 「…まだ難しいです。でも、週末にコーヒーをゆっくり飲む時間を作るようになりました。昔好きだった音楽も、また聴いてみようかなと思えてきたんです。」

Y先生: 「それは素敵ですね。小さなことでも、ご自身を大切にできている証拠です。少しずつ、"仕事のための自分"ではなく、"自分のための時間"を増やしていきましょう。」

 

　この言葉に、Fさんは不思議と涙が込み上げてきました。「自分のための時間」——そんなものを、何年も忘れていたことに気づいたのです。そして、その時間を取り戻すことが、ユリとの関係を修復する第一歩だと直感しました。

　その日、Fさんは勇気を出してユリにメッセージを送りました。「週末、ゆっくりコーヒーを飲みながら話したいんだけど、時間あるかな？」するとすぐに「もちろん！会えるの嬉しい」と返信が来ました。

 

新しい日常、そして隣にいる大切な人

　数ヶ月後、Fさんの生活は少しずつ変わっていきました。仕事は相変わらず忙しいものの、心の持ちようが違います。無理なスケジュールは調整し、限界を感じたときには「休むことも仕事のうちだ」と思えるようになりました。ユリとの関係も、少しずつですが改善の兆しが見えてきました。週末のコーヒータイムで、Fさんは素直に自分の気持ちや仕事の悩みをユリに話せるようになっていました。ユリもまた、以前のようにFさんの話に耳を傾け、優しく寄り添ってくれるようになりました。

 

 

そして、ある日のカウンセリングの最後、Fさんは画面越しにY先生にこう伝えました。

 

Fさん: 「先生、僕…前よりずっと楽になりました。仕事があるから生きているんじゃなくて、生きているから仕事をしているんですよね。ユリとも、以前のように笑い合えるようになりました。」

Y先生: 「その気づきこそが、Fさんが見つけた大切な答えですね。これからも、無理せず、ご自身のペースを大事にしてください。」

 

　オンラインカウンセリングの画面がゆっくりと閉じられます。Fさんは深呼吸しながら、小さく微笑みました。外は夕暮れ時。コーヒーを淹れ、久しぶりに好きな音楽を流します。隣には、Fさんの膝に頭を乗せて、穏やかな表情で眠るユリがいました。今日も仕事は大変だったけれど、心のどこかに「生きている実感」がある。そして、愛する人がそばにいる。それだけで、十分でした。

 

読者へのメッセージ

もし今、あなたがFさんのような状態にいるなら、一人で抱え込む必要はありません。誰かに話すことで、少しずつ気持ちが軽くなるかもしれません。オンラインカウンセリングなら、自分のペースで相談することも可能です。

 

「休むことは悪いことじゃない」「生きることの中に仕事がある」——そんな視点が、あなたにも届くことを願っています。そして、大切な人との絆を取り戻すきっかけになることを心から願っています。

もっと知りたい方へ

　Fさんの物語は、ここで終わりを迎えます。しかし、彼の経験は、私たち自身の心の健康を考える上で多くの示唆を与えてくれます。Fさんがどのようにして「バーンアウト」から立ち直り、自分らしい生き方を取り戻したのか、その裏にはどのような心理が働いていたのでしょうか？

　次回の編集後記では、Fさんの物語を心理学的な視点から深掘りし、現代社会を生きる私たちが直面する心の課題と、それらへの具体的な対処法について解説します。もしあなたが今、Fさんと同じような心の疲労を感じているなら、きっと役立つヒントが見つかるはずです。ぜひ続けてお読みください。

 ※本ショートストーリーはフィクションであり、登場する人物、団体、場所などはすべて架空のものです。実在の人物や団体、出来事とは一切関係ありません。

 

【監修：Nカウンセリングオフィス】